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サロンLAPISのニュートラルトーク

ひっそり隠れ家サロン時代から書きためている本音のコラム。 時にじんわり、時にきっぱり。 素で綴る、セラピストのひとりごとです。

   

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ネガティブを見つめて【プロフィール作り②】


今でこそ、笑い話にしたり、自虐ネタにすることもできるくらいだが、

私は暗い子供だった。

アクティブで、常に輪の中心にいるような、華やかな性格の母を持ち、

その母に対して、私はコンプレックスの塊だった。

今でも覚えている逸話がある。

私を称して、ある日母が話していたのを、耳にしてしまった。

「なにをやらせても、この子はのろいの。臆病だし。クズでのろまなのよ」

母に悪気はない。軽いノリの気持ちで、友人に話していたのだろう。

しかし、私はその言葉が忘れられなかった。

幼い頃の私のスナップを見ると、

確かに、幼稚園のジャングルジムで撮られている 写真の中の私は、

一番下の方で、ひきつった顔で カメラをにらみつけている。

他のお友達は、てっぺんで大きく手を広げている子もいるのに。

「グズでのろま」

母親の言葉は絶大で、小学校時代の私は、かけっこもビリ。運動も苦手。

そんな私が夢を描けたのは、本の世界だった。小説や伝記、ありとあらゆるものを

むさぼり読んだ。体験したことのないこと、行ったことのない国も

物語の中では瞬時に行ける。

主人公になりきって、時に涙を流し、冒険をして、勇者にもなれた。

寝る時間も惜しんで、読書三昧の子供時代。

そんな私を、一番にかわいがってくれたのは、若くして亡くなった父だ。

内向的で、どこか自分に似ている・・と思っていたのか、

父は私のいいところを伸ばしてくれようとしてくれた。

夏休みの宿題で、読書感想文を書いたときも、一番にほめてくれて、

その感想文は、賞をとることができた。

父は、生前、婦人服のデザイナーという仕事をしていた。

ものづくりの人だった。

外交的な母に比べると、物静かで、繊細な人だった。

しかし、服作りへの情熱は素晴らしく、美しいものを追い求めるパッションは

子供心に感動的だった。

小学生の頃、上野の美術館に、「モナ・リザ」が 来たことがある。

私達家族は、それを観に出かけた。

何時間も建物に入るのに、時間がかかった。しかし、目の前で本物を観た

その感動は、今でもはっきりと 覚えている。

芸術品を愛する気持ちは、父の創作意欲の源であった。

父が連れて行ってくれた数々の場所、思い出、すべてが、

美しさを基準に、彩られていた。

父が描くデザイン画は、鮮やかな色彩で夢のような世界を表現する。

「美しいものへの憧れ」は、父からもらったギフトだと思っている。

そして、副産物「審美眼」もまた、今の私に息づいている。

夏の軽井沢で、シロツメクサを編み、王冠を作って遊んだ日々、

大人にとっての わかりやすい、子供の無邪気さはないけれど、

そんな私の持ち味を 誰よりも理解してくれていた父。

その後、多感な頃に、いじめを受けて、クラスのほとんどの子から、

無視され続ける毎日があっても、

ひとり耐えて、「自分らしさ」を大切にしていけたのも、

父がくれた「粘り強さ」だと 思っている。

心の底の 真の強さは、わたしのアイデンティティだと、信じてやまない。

そんな父が、私が中学三年の春に、突然 亡くなった。

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