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サロンLAPISのニュートラルトーク

ひっそり隠れ家サロン時代から書きためている本音のコラム。 時にじんわり、時にきっぱり。 素で綴る、セラピストのひとりごとです。

   

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命の尊さ【プロフィール作り⑤】

先輩と共に、いや、その時にセンターにいた人間が全員で、

電話応対に追われても、鳴り止むことがないほどに、

異常事態に、包まれ始めた。

実際、その時はそこで働いていたもの全てが、

現実には本当に何が起きていたのかは、知ることすら出来なかったのだ。

事態は混乱を極め、我々は日本航空からの情報をただひたすら

待つしかなかった。

私は既にその時に、心のタガが外れていたような気がする。

精神の支配を超えて、ひたすら業務に当たり続けた。

泣き叫ぶ声、響く怒号、絶望に満ちた数々の訴え・・・。

家族が乗っている・・、乗客名簿はいったいどこで教えてくれるの?など

悲痛な叫びに、私はただ 耳を傾けることしか出来なかったのだ。

遅番は通常 22:30までの勤務であるが、その日の緊急時の対応のため

既に日付は変わり、24:00を回ったところで、女性社員は帰宅するようにと

上司からの通達が出て、私達は半ば無理やりバスで

会社の寮に送り届けられた。

どのようにして、バスに乗り、寮まで帰ったのか、今でもまったく 記憶がない。


自分の部屋に入ると、当時の同期が全員揃って、私の帰りを待ってくれていた。

その時、

緊張の糸が 突然切れ、

私はみんなの腕の中で、泣き崩れた。

事故の被害者の悲しみや苦しみが、一挙に私の体を支配したかのようになり、

私はブルブル震えながら、子供のように 声をあげて 泣いた。

部屋でついていたテレビの映像が、速報となって一晩中流れる中、

私は一睡もできず、同室の同期に抱きしめてもらいつつ、

小さな子供のように 丸くなっていた。

精神の限界、あまりの現実の過酷さに、何も考えられなくなっていた。

翌日からは、まるで違う人格が出来上がったかのように、自分を律して職を勤め、

毎日が忙殺されていった。

今、必死に思い出そうとしても、あの八月の記憶は、潜在意識のかなたに

沈んでしまったのだろう。まったく、思い出せないのだ。

あえて、私の体の安全装置が働いて、そうさせたのかもしれない。

私はまだ、事故関連の映像や、それをモチーフにした映画や小説などを

見ることが できないでいる。

華やいだ出発ロビーに、家族に手を振るお子様一人旅のちびっこや、

帰省するために楽しそうに笑いながら、手荷物検査場に消えていった

沢山の人たちを、私はあの日 間違いなく 見送ったからだ。

みなが、キラキラと 旅立ちの高揚感をたたえていたのに・・。

命ははかない。なんて、はかないんだろう・・・

だから、美しく、尊いものなのだ。

あの日、尊い500名以上の命は 天に召された。

私はそれから、本当の意味で、人の命について 深く感じるようになった。

浅はかだった自分の想いに、時折 苦しめられるようにも なった。

あの経験は、決して忘れてはいけない。あの事故の記憶も、風化させてはならない。

そこから、私は多くのことを学び、沢山の犠牲者の悲しみを真摯に受け止めて

働いていかなくては・・・と、

気持ちを新たにしたのだった。

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