忍者ブログ

サロンLAPISのニュートラルトーク

ひっそり隠れ家サロン時代から書きためている本音のコラム。 時にじんわり、時にきっぱり。 素で綴る、セラピストのひとりごとです。

   

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

親から学ぶこと

同じ敷地内に住む夫の父が、病院から戻ってきた。

潰瘍の治療入院のためである。義父は抗生剤に激しいアナフィラキシーショックを起こす。

若い頃は市販の風邪薬でも、何度か倒れたようだ。

入院して治療する・・・というのが、ここ何年かの病院との付き合い方である。

昨年は腰痛治療でやはり一週間。元警察官であり、柔道の覚えがある義父は大柄で、

腰に爆弾を持っている。加えて10年ほど前に脳梗塞で倒れて以来、左半身に軽い麻痺がある。




都会からはるばる嫁いだ先のこの家は、病弱な人間が多く、

常に家族の誰かが通院していたり、突発的なことで救急車を呼んだり、

何か月、いや何年も入院していたりした。

そのような家族は、なにかあるとすぐに薬を飲む、市販薬に頼る。

薬局で栄養剤を購入し、何の疑問も持たず、服用する。


私の実家は健康の基本は「食がすべて」と言う考えの家だったので、

嫁いできたときはあまりの違いにびっくりした。

そして何年もなじめなかった。


育児で疲れた顔を少しでも見せれば、義母の手には「滋養強壮剤」の粒が握られ、

私は当然のように渡される。

睡眠不足で頭が痛い・・・とこぼせば、「鎮痛剤」が出てくる・・・という始末。


「休め」と言うより先に、薬が出てくる・・・という環境。

そのような育ち方、育てられ方、教えを受けてきたのだろう‥綿々と。

そんな環境で過保護に育った夫は、それが常識の範疇となり、

ことごとく「おふくろの言うことが正しい」と私の意見をはねのけた。

若い頃のいさかいなどしょっちゅう。

彼の中では「おふくろは絶対」だったのだ。


薬臭いアミノ酸入りのだしの味噌汁。

私は義母には悪いと思いつつも、飲めなかった。

反対に、煮干しでだしをとる私の作る味噌汁は

「なまぐさい」と不評で、新婚当初は飲んでもらえなかった。


何十年もすれ違い続ける、食の違い。

それを変えたのは、子供たちの存在だった。

親との同居を解消し、少し離れた場所で子世帯だけで暮らし始めたころ、

私はようやく、自分の育ちの味を再現することに喜びを感じるようになった。

素材の味を鋭敏に感じる舌を持つこの子たちは、

今しかチャンスがないのだ。だいなしにしてなるものか。

半ば、意地だった、笑。


あれほどまでに頑なに、自らが「正しい」と評して受け入れなかった自分。

今にして思うと、なんと「傲慢」だったのであろうか。

正当化しはじめることで、必ず呼ぶもの、それは「争い」。

それぞれの正義の押し付け合いが、すべてのいさかいの元になる。


「食の連鎖」これも教育。たしかに。

しかしそこに、「笑顔」がなければ、どんなにこだわりの食材を使っていても、

有機農法だの、食の安全だの・・・と言っていても

「楽しい食卓」の想い出は残らない。


子の、親として・・・

わたしはそれが出来ていたのだろうか・・・。

この先私が、おばあちゃんになったとき、

「笑顔」で食卓を囲めるようになりたいと思う。

その温かさやぬくもりや、笑い声が味付けとなって

記憶に残る、そんな見守り方をしたいと

想うのだ。

拍手[4回]

PR

COMMENT

NAME
TITLE
MAIL(非公開)
URL
EMOJI
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
COMMENT
PASS(コメント編集に必須です)
SECRET
管理人のみ閲覧できます

カレンダー

05 2018/06 07
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
Copyright ©  -- サロンLAPISのニュートラルトーク --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Photo by Geralt / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]