忍者ブログ

サロンLAPISのニュートラルトーク

ひっそり隠れ家サロン時代から書きためている本音のコラム。 時にじんわり、時にきっぱり。 素で綴る、セラピストのひとりごとです。

   

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

命の重さ

今から 10年前に、義理の母が 亡くなった。
病名は、子宮ガン。
発病してから、三年間の闘病生活の末、天国へ召されたのだ。
亡くなる一月前までは、ベッドの上に体を半身起こして、
話をすることもできた。
しかしながら、担当医の見立てでは、2000年を迎えることは
難しいであろう・・・という 判断だった。
が、悲しいかな、その判断は現実のものとなり
12月に入ってからは、日に日に弱っていく 母を目の当たりにした。
死に近づいていく・・・そこから私達家族は、目をそらし続けた。
母は、ぽっかりと目を開け、一日中天井だけを見つめ、
私たちの問いかけにも 反応すら返せなくなる毎日。
時折、ゆっくりと曲がる手の指も そのうちに 動かなくなった。

それでも、病室内では、私の独白のような会話が続く。
『お母さん、今日は雪が降りそうだよ。外はすごく寒いよ』
『お母さん、もうすぐ2000年だね、ちゃんと日本全体が無事に 年越しできるかな』
などと、その時のニュースなどを 独り言のように 繰り続けた。

時々、反応のない母の顔が一瞬ゆがむ時がある。
がんの疼痛である。
再び、つながれているモルヒネの量が また 増える。
どこもかしこも、管でつながれ、そして時には、からからに乾いたのどに
痰が つまるので、ナースが吸引する。
そのたびに、身をよじるように 苦しがる。

私たちは一体 なにをしているのだろう・・・
母がこんなに 苦しがっているのに、どうすることもできず
ただ、冷たくなってしまう足を さすり続けることしか出来ない。

母の足をさすり、手を握り、耳元に話しかけながら
病室で隣に 横たわる。
暗い闇の中に、母のつながれた 命の鼓動が 規則正しく刻む音。
それを確認しつつ、浅い眠りにつく。
簡易用ベッドの 冷たい感触。
それでも横で 母が生きている。それだけが 関心事。
一日おきに 夫と泊り込みを交代しつつ 続ける毎日。
さまざまなことを 考えた。

手術が出来ない手遅れの状態から 三年経過し、
抗がん剤、放射線治療、そこから来る 激しい副作用。
膀胱を失い、母は最後の 生きる気力を失った。
私たちにできたことが ほかにあったのではないだろうか・・・。

他の治療法、もっと楽な 最期の迎え方を 用意してあげられたのでは ないだろうか。

この思いは、母を失っても ずっと 私たちの心を 苦しめることになる。

緩和ケア、ホスピスというのが
まだ一般的では なかった頃だった。

せめて、穏やかに痛みをコントロールしながら
残りの時間を 過ごさせてあげられていたら。
そんなことばかりを考え、そしてその想いが 次の私の人生に深く
関わっていくことになろうとは。

10年前の 母への思い。
あの時の行き場のない思い。
1999年 12月 31日。享年 62才 旅立ちの日。
そこからが 私の スタートだった。 

拍手[0回]

PR

COMMENT

NAME
TITLE
MAIL(非公開)
URL
EMOJI
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
COMMENT
PASS(コメント編集に必須です)
SECRET
管理人のみ閲覧できます

TRACKBACK

Trackback URL:

カレンダー

07 2018/08 09
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
Copyright ©  -- サロンLAPISのニュートラルトーク --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Photo by Geralt / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]