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サロンLAPISのニュートラルトーク

ひっそり隠れ家サロン時代から書きためている本音のコラム。 時にじんわり、時にきっぱり。 素で綴る、セラピストのひとりごとです。

   

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小さきものの視点

私が初めて、将来目指す職業観を 意識したのは、
小学生くらいの時だったと 思う。
今思うと、私は一風変わった 子供だった。
いつも、自分で自覚していたのは、
小さな私と、それをはたから見ている 大人の私。
常に、二人の自分を 意識していたのだ。

母からの情報なので、定かではないが、
私はよく、夜中に 夢遊病児童の様に 歩き回っていたらしい。
突然むくっと 起きてきて、
パジャマにランドセルを背負い、 玄関まで歩いていって
『行ってきます』と
靴を履いて 外へ出ようとしていたと。

なんだか、わかるのだ。
分裂していると言うのも違う、自分の行動を 別に記録している
もう一人の 私が いつもそばにいる感覚。

だから、無邪気に年相応に 遊びながらも
やはり、一人が好きで、
特に読書が大好きだった。
学校の図書室の書棚は、端から端まで借りて 読み漁っていた。

ある時は、伝記のシリーズ 
ある時は、ファンタジー、
ある時は、探偵ものなど、
同じシリーズを読破していくスタイル。

その中で、今でも憶えているのは
野口英世と、エジソンと、ヘレン・ケラー。
大人になってからの偉業と、子供時代とのギャップが
光と影のようで、
子供心に、自分と重なり合わせていたのかもしれない。
どうにもならない不自由さと、天真爛漫さ。
いつも閉塞感にさいなまれて、そこから脱出したいともがいている。
偉人伝からは、自分の願望がストレートに再現され、
実現化されている。

私の場合は、親の価値観の中でしか 生きられない
幼い当時の 環境の中、
必死でなにかをつかみたかったのかも知れないし、
大人になれば、自由な世界で思いのまま、
自分の思うとおりに、生きていけるかもしれないと
夢を持たせてくれるのが、読書だったのだろう。

今のように、子供の娯楽がそんなに多くない時代、
それでも、自分らしく生きていくのは どうしたらいいのかと、
そんなことを日々の日記で 書き記して、
発散していたのが、幼い頃の私だった。

いつも、自覚していた。
心の闇や、自分の本当の 気持ち。
それを表現することは、許されなかった。
無言の圧力。
親と言うのは、そんなものなのかもしれないが、
時として、子供の心が一番見えていない 身近な残酷な存在とも 言える。
子供を導くという 責任感や義務感が
『わが子』という 無二の存在を あえて縛ってしまう。

『閉塞感』
いつもいつも 私にそれは つきまとっていた。

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